室内整理

いわて調査情報/2018年7月3日現在

DATA

遺跡名 埋蔵文化財センター
所在地 岩手県盛岡市下飯岡11地割185番地
事務所 019-638-9001
調査期間
時代
検出遺構
出土遺物

長谷堂(はせどう)貝塚 (室内整理)

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 長谷堂(はせどう)貝塚は大船渡市猪川町(いかわちょう)にある遺跡です。過去、十数回の発掘調査が行われ、縄文時代中期から弥生時代にかけての大規模な集落跡であることがわかっています。今回の発掘調査は平成28、29年度に実施したもので、縄文時代中期の住居跡や貝塚などがみつかりました。この6月から本格的に開始した室内整理作業の様子を随時お伝えしていきます。
(平成30年7月2日現在) 

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 最初にご紹介するのは貝層の仕分け作業です。1枚目の写真にあるようなアサリを主体とした貝塚が検出され、全量を持ち帰りました。合計で1,600㎏を超す貝殻、骨などを種類別に選別、計量する地道な作業を進めています。

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 貝殻に混じって、哺乳類、魚類などの骨、さらに釣針や銛などの骨角器も見つかっています。

間木戸Ⅰ遺跡 (室内整理)

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 今回は前期末~中期初頭(約5,000年前)の土器をご紹介します。この時期の土器は、胴部が寸胴なものと金魚鉢のような球胴形のものがあります。胴部には縄文、口縁部の付近には棒状・ボタン状の貼り付け、丸や山形の沈線を施したりします。前回ご紹介した中期中葉(約4,500年前)の土器と見比べていただくと、形も文様も大きく異なることがわかるかと思います。間木戸Ⅰ遺跡では、前期末~中期初頭の土器は中期中葉の土器よりも出土量はかなり少ないです。この時期の竪穴住居も見つかっていますが、数は少なく中期中葉よりも住んでいた人は少なかったものと思われます。
 次回は土器以外の遺物についてご紹介したいと思います。
(平成30年6月27日現在)
 

高根遺跡 (室内整理)

 先日まで行っていた土器の着色作業はすべて終了し、現在は、縄文土器の拓本(たくほん)作業を中心に行っています。ここでいう「拓本」とは、土器に被せた紙を上から水で濡らして貼り付け、墨のついたタンポで模様を写し取る作業のことを指します。これを「湿(しつ)拓(たく)」とも言います。今回は「拓本」作業の様子をご紹介します。

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土器の器面に紙をかぶせ、水を含ませたガーゼで押さえて、土器と紙を密着させます。

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次に「タンポ」という道具を使って墨をぽんぽんと少しずつ乗せていきます。すると、土器の表面の模様が次第にはっきり浮き上がってきました。

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出来上がりの拓本です。これを今後、平らにのばしながら乾かし、土器のトレース図に貼り込んでいきます。

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トレース図への張り込みを待つ拓本。いましばらく本作業を継続する予定です。
(平成30年6月25日現在)

長途遺跡 (室内整理)

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 長途遺跡で見つかった特大の縄文土器を紹介します。写真に写る7点の土器はいずれも今から約6000年前の土器です。その中で、ずば抜けて背が高い中央の土器に注目ください。
 この土器は、高さ65㎝、口径53㎝もある特大サイズです。加えて、模様の付け方もほかの土器と比べて特異で、器体上位、中位、下位でそれぞれ違う模様が施されています。また、土器表面の色についても、上半分までは黒っぽい色なのですが下半分はきれいな肌色です。このことから、土器の下の方は地面に埋められ、上の方はむき出しで火を受けるような用途だったことが考えられます。この土器は土坑内からばらばらの状態で発見されました。そのような特殊な出方から、この土坑はお墓の可能性もあり、土器は副葬品的な性格のものだったのかもしれません。 
(平成30年6月22日現在)

石峠Ⅱ遺跡 (室内整理)

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 今回は石峠Ⅱ遺跡でメインとなる縄文時代中期の土器の集合写真を撮影しましたので、その様子をご紹介します。
 1枚目は撮影台に土器を並べている時の様子です。40点以上の土器をまとめて撮影するため、土器の重なり具合や光の当たり方を確認して並べています。
 2枚目は撮影した集合写真のうちの1枚です。集合写真ならではの迫力を感じていただけるでしょうか。
 次回以降、縄文時代中期の個別の土器の特色などをご紹介したいと思います。
(平成30年6月19日現在)

石峠Ⅱ遺跡 (室内整理)

縄文時代早期の土器

縄文時代早期の土器

 

縄文時代前期の土器1

縄文時代前期の土器1

 

 

縄文時代前期の土器2

縄文時代前期の土器2

 発掘調査で見つかった遺物を順次ご紹介したいと思います。石峠Ⅱ遺跡では縄文時代から中世までの多様な遺物が見つかっていますが、今回は縄文時代早期と縄文時代前期の土器をご紹介します。写真上の土器は、今から約8,000年前の縄文時代早期中頃の土器です。この時期の土器は底が尖っている形をしているものが多く、尖底(せんてい)土器とも呼ばれています。土器にはサルボウ等の貝殻で模様がつけられています。この時期の竪穴住居が3棟見つかっており、山田町では最も古い住居のひとつとなります。写真中央と下の土器は、今から約6,000年前の縄文時代前期はじめ頃の土器です。この時期の土器の特徴として、粘土に繊維を混ぜて作られることがあげられます。そのため、繊維土器などと呼ばれることがあります。この時期の竪穴住居は30棟以上見つかっています。次回は縄文時代中期の土器を紹介したいと思います。
(平成30年6月1日現在)

間木戸Ⅰ遺跡 (室内整理) 

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 間木戸Ⅰ遺跡では、縄文時代前~中期(約5,000~4,000年前)の土器がコンテナで750箱分出土しました。最も多いのは胴部に渦巻状の模様を描く深鉢で、中期中葉(約4,500年前)頃のものです。深鉢の形は様々で、口縁部が波のようになっているものや大きな突起が付けられたものもあります。大きさも高さ10㎝くらいのものから70㎝近いものまであります。これらの深鉢は主に煮炊きに使われていたものであり、調理の際に付いたススやおこげが残っているものがたくさんありました。
 現在はこれらの土器の実測作業を行っています。次回は中期中葉以外の土器などについてご紹介したいと思います。
(平成30年5月30日現在)  

杉の堂遺跡 (室内整理)

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 杉の堂遺跡は奥州市水沢に所在しています。これまでに39回もの発掘調査が行われ、遺跡内には縄文時代と古代の集落が広がっていたことがわかっています。今回は平成29年度に40回目の調査を行い、調査した範囲は遺跡の南東端に位置しています。縄文時代の竪穴住居5棟、掘立柱建物5棟、土坑墓11基、古代の竪穴住居8棟など、たくさんの遺構が見つかりました。出土した遺物は土器が約100箱、石器が約40箱、縄文時代のものが大半を占めます。その他、土偶、舟形土製品、石棒、石製垂飾品なども出土しています。
 今年度は報告書作成のために室内整理を行っています。現在は土器の復元作業中でどんな形の土器になるか考えながら組み立てています。次回以降、出土した遺物、今後の作業の様子などをお伝えしていきます。
(平成30年6月4日現在)

 

高根(こうね)遺跡 (室内整理)

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着色され、撮影を待つばかりの遺物

着色され、撮影を待つばかりの遺物

 

写真撮影に備えてチョーク線などを消したり、補修した石膏に着色しています。

写真撮影に備えてチョーク線などを消したり、補修した石膏に着色しています。

スタジオにて写真撮影

スタジオにて写真撮影

 高根遺跡は宮古市山口に所在する縄文時代中期(今から4,500年前)を中心とする時期の集落跡です。三陸沿岸道路建設に伴い平成26~28年度に発掘調査を行いました。発掘調査では竪穴住居約100棟、貯蔵穴約500基、遺物包含層3か所などが見つかっています。遺物は、同時期の土器や石器が中心で、ミカン箱大のコンテナで約400箱以上も出土しています。調査区は高低差が最大50mもある急傾斜地にあり、上から下まで連綿と遺構が続いている様は、実際に現地に立ってみると大迫力です。
 現在は報告書作成のための室内整理を行っており、今年で2年目です。現在は遺物写真図版を作成するために、縄文土器の補修作業と写真撮影を並行して行っているところです。
(平成30年5月24日現在)

 

沢田Ⅲ遺跡 (室内整理)

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 沢田Ⅲ遺跡は、下閉伊郡山田町に所在する縄文時代・古代の集落遺跡で、平成25・26年度に発掘調査を行いました。縄文時代前期~中期(今から約5,000~4,000年前頃)の竪穴住居跡や貯蔵穴、古代の竪穴住居跡や鉄生産関連の工房跡や炉跡、炭窯跡など数多くの遺構が見つかりました。出土遺物は、土器・石器のみならず、当時の人々の食料事情を知る手がかりとなる貝殻・獣骨などの動物遺存体、トチノキ・クリなどの植物遺存体も数多く見つかっています。
 現在、報告書作成のための室内整理を行っています。今後、作業の様子とともに整理作業でわかってきた出土遺物の特徴について、お知らせしていきます。
(平成30年5月21日現在)

 

石峠Ⅱ遺跡 (室内整理)

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 石峠Ⅱ遺跡は下閉伊郡山田町に所在する縄文時代から近世までの多様な時代の遺構・遺物が見つかった遺跡で、平成25~27年度に発掘調査を行いました。発掘調査では縄文時代早~中期(今から8000~4000年前)の竪穴住居約150棟、貯蔵穴約70基が見つかっており、沿岸部の大きな集落の一つであったことがわかりました。縄文時代ではこの他に300基以上の落とし穴が見つかっており、狩り場であったこともわかりました。また、古代から中世の鉄生産に係わる遺構、中世の土坑墓も見つかっています。出土した遺物は縄文土器や石器が500箱以上、土鈴、垂飾などの石製の装飾品、中世の渡来銭などがあります。
 現在は報告書作成のために室内整理を行っており、今年で6年目に入りました。昨年度から紫波郡矢巾町広宮沢に分室を設けて、作業を行っています。今年度は室内整理の最終年度となっており、遺物の写真撮影や図版作成、原稿執筆を行い、来年度の報告書刊行に向けた作業を進めています。
(平成30年5月17日現在)

 

長途遺跡 (室内整理)

空からみた長途遺跡

空からみた長途遺跡

 

バラバラの状態で発見された縄文土器

バラバラの状態で発見された縄文土器

 長途遺跡は、普代村役場の北北西約4.2㎞に位置する縄文時代と弥生時代の集落遺跡です。遺跡は標高100mの丘の上にあり、北東方向の谷間からは太平洋が望めます。
 発掘調査では、縄文時代前期の竪穴住居4棟、土坑11基、落とし穴8基、遺物の捨て場1箇所、弥生時代後期の竪穴住居などが発見されました。特記事項としては、高さ約60㎝もある特大の縄文土器が土坑内部からバラバラの状態で発見されました。このような特殊な出方から、この土坑はお墓の可能性もあり、土器は副葬品的な性格のものかもしれません。特大の縄文土器は今から約6,000年前と考えられますので、県内でも屈指の古いお墓となります。人の骨は発見できませんでした。次回はこの特大の縄文土器の写真を紹介する予定です。
(平成30年5月15日現在)

 

間木戸Ⅰ遺跡 (室内整理)

 

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 間木戸Ⅰ遺跡は下閉伊郡山田町に所在する縄文時代と古代の集落遺跡で、平成25~27年度に発掘調査を行いました。発掘調査では縄文時代前~中期(今から5000~4000年前)の竪穴住居約250軒、貯蔵穴約100基が見つかっており、山田湾を望む大きな集落であったことがわかりました。また、古代の竪穴住居や工房も23棟見つかっています。出土した遺物も非常に豊富で、縄文土器や石器が1000箱以上、その他土偶や耳飾りなどの石製品、馬具や釣針などの鉄製品、貝・骨類などがあります。
 現在は報告書作成のために室内整理を行っており、今年で5年目に入りました。今年度は縄文土器の実測や拓本、図版作成を行っていく予定です。次回からは作業の様子とともに出土した遺物についても掲載していきます。
(平成30年5月8日現在)

 

※このホームページは公益財団法人岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センターが、調査した遺跡の情報を提供しています。 掲載されている情報の無断転載はできません。

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