平成26年度調査

県央県北県南沿岸

県央県北県南沿岸

力持遺跡

東日本大震災関連発掘調査

いわて調査情報/2014年10月31日現在

DATA

※この遺跡の調査は終了いたしました。

遺跡名 力持(ちからもち)遺跡
所在地 岩手県下閉伊郡普代村第16地割字天拝坂地内
事務所
調査期間 平成26年6月2日~8月31日(予定)
時代 縄文時代
検出遺構
出土遺物 土器、石器、石製品、琥珀
332-9

力持遺跡の住居跡や土坑は黒い土で埋まっていますが、ひと際きれいな黄色や肌色をした土が各所に認められます。これは、今から5,000年以上前に十和田 湖が火山噴火した際に降らせた火山灰で、十和田中掫火山灰(とわだちゅうせりかざんばい)という名前で呼ばれています。この火山灰が力持遺跡から見つかる 理由は、十和田から100km以上離れた地域にまで火山灰が飛んでいることを示し、当時の爆発規模が超大だったことを現在の我々に教えてくれます。
(平成26年10月31日現在①)

332-10

十和田中掫火山灰が堆積する住居跡が発見されました。現在調査中ですが、住居跡の規模が大きく、床面からは焼土(当時の炉)やたくさんの柱穴が見つかります。
(平成26年10月31日現在②)

332-11

土坑から完全な形の土器が見つかりました。
これは円筒式土器(えんとうしきどき)と呼ばれるもので、北東北~北海道南東部にかけて分布する円筒式土器文化に関係する土器です。力持遺跡からは、南東北に広がる大木式土器も多く見つかります。
遺跡のある普代村は北緯40度に位置しますが、この北緯40度ラインは南北文化の接触が盛んだったことが分かります。
(平成26年10月31日現在③)

332-12

縄文人が石を加工して作った石皿と呼ばれる石器です。
注目は、底に4つの脚が認められることです。
(平成26年10月31日現在④)

332-7

調査区北の北東側から3棟の住居跡が切り合っているのを検出しました。石囲炉2基、複式炉1基の3基で、その中で一番左下の石囲炉は120×100cmもの大きな炉でした。
(平成26年9月8日現在①)

332-8

作業員さんが一番左下の大きな石囲炉の当時の使用面を出しているところです。スゴイこんがりとした焼土がくっきりと見えました。
(平成26年9月8日②)

332-6

断面実測した炉を上から撮りました。なにやら下に石を敷き詰めたような跡が見つかりました。
(平成26年7月28日現在)

332-5

縄文時代の住居跡で炉の断面測定をしています。
(平成26年7月28日現在)

332-4

作業員さんたちが遺構検出をしているところです。
(平成26年7月28日現在)

332-2

試掘した結果、様々な土器・石器がたくさん出てきました!今後が楽しみです。
(平成26年6月30日現在)

332-3

調査開始しました。
(平成26年6月23日現在)

※このホームページは公益財団法人岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センターが、調査した遺跡の情報を提供しています。 掲載されている情報の無断転載はできません。

岩手県文化振興事業団 岩手県立博物館 岩手県民会館 岩手県立美術館

このページの先頭へ